311復興ピアノプロジェクト

【EMS】ExcelsiorMusicStore(エクセルシアミュージックストア)は、アーティストで友人でもあるMetisさんの想いに共感、賛同すると共に、「音楽の力を正しく使う」このテーマに基づき「311復興ピアノ プロジェクト」を応援しています。

Metisさんは「復興支援活動」、「祈りづるジャパン」の活動などを自らのライフワークとしています。

 

私たちが出来ること、社会に対して一番の問題提起は「311を忘れない」ことだと思います。

そして震災に負けない、復興を象徴する「ピアノ」。

そのピアノ(音楽)が人を繋ぐイベント(音楽会)、イベントを通じて地域貢献、社会貢献をしている「311復興ピアノプロジェクト」をより多くの人に知って頂きたいと願っています。

「 被災ピアノ 」 との出会い

「傷ついたピアノを前に、通り過ぎることはできなかった」

それは突然のことだった。2011年4月11日に、被災地支援のために七ヶ浜の街を歩いて入る時、視界に「それ」は入ってきた。民家の柱や屋根が幾重にも重なり、その前にポツリと置き去りにされた「被災ピアノ」。

 

デビユー当時からボランテイア活動を続けているMetisさんが、被災地に駆けつけるのは早かった。仙台出身のスタッフがいたこともあり、震災から約1ヶ月後の傷跡も生々しい七ケ浜の避難所を支援活動で訪問。電信柱や家の屋根が折り重なり呆然とする光景の中。

 

「"助けて"ってビアノが叫んでるような気がしたんです。子どもたちに自作のぬり絵を届けた選難所の近くで、野ざらしのビアノを見つけて。そのまま通り過ぎることができませんでした」Metisさんは特別ビアノと縁が深いわけじゃない。

でも、傷ついたビアノが目の前にある。ミュージシャンである自分にできることはなにか?

「持ち主の方に届けて、同じ音楽に携わるひとりのシンガーとして、このピアノを通してチカラになりたい。」と、思い、行動に出た。

 

 被災者⽀援団体を通じ、持ち主は塩釜市のピアノ講師、鈴⽊由美さんだったことが判明。ピアノはヤマハの1980年製で、実家の離れの2階にあった。津波で流された離れのがれきに埋もれていたが、がれきを整理した重機のオペレーターがそのまま残しておいたとみられた。ピアノが津波の海⽔をかぶっていたため、地元で修理業者が⾒つからず、鈴⽊さんはあきらめかけていた。

 

Metisさんらも130件以上の業者に断られたが、最後に問い合わせた横浜市保土ケ谷区でピアノ工房「クラビアハウス」を営む松木一高(かずたか)さんが引き受けた。6月末だった。

 

ピアノを水洗いして塩分を取り除いたり、部品を交換したりするなど約3カ月かけて演奏できる状態に再生した。

敢えて震災の傷をそのまま残したまピアノは再ぴ音色を取り戻した。

「 被災ピアノ 」 から「復興ピアノ」へ

Metisさんの「復興ピアノ」で再びレコーディングした「人問失格~生きることは素晴らしいのです〜」には、七ケ浜の子ども25人、岩手·大植町の保育園児28人もコーラスで参加している。

カツプリング曲は、震災後に作った「太陽みんなを照らせ」だ。

そして、2012年3月24日に宮城県・七ケ浜国際村ホールにて行われた経済産業省主催の東日本大震災復興支援イベント「こどもコ・フェスタ」に出演した。

 

このイベントに参加するとともに、ピアノを返還する目的で再び七ヶ浜町を訪れた彼女は、前日3月23日(金)の公開リハーサルで早速このピアノを携えて登場。会場には300人を超える人が集まり、被災者からは感謝や喜びの声が溢れた。

 

「復興ピアノ」の所有者であり、自らも被災した鈴木さんは「ピアノがこのホールで音を奏でてもらうのが夢だったので嬉しいです。」とコメント。

 

Metisも、「約1年前に初めて訪れた避難所だったので、町のみなさんと約束を果たせてよかったです。これからもこのような活動を継続をしていきたいと思います。」と喜びを語った。

翌日のイベント本番では、第44回日本有線大賞で「有線問い合わせ賞」を受賞し話題となったナンバー「人間失格~生きる事は素晴らしいのです~」や、カツプリング曲「太陽 みんなを照らせ」を披露し、復興ピアノとのパフォーマンスを締めくくった。

 

復興ピアノが人と地域を繋ぐ

「復興ピアノ」はその後、宮城県七ヶ浜町中央公民館(生涯学習センター)に寄贈された。

 

所有者のピアノ講師、鈴木由美さんは「復活した生音を直接聞いてほしい」とこのピアノを主役にした音楽祭を企画した。西城秀樹さんの歌謡曲から名付けたピアノの愛称は「ローラちゃん」。

2017年9月3日、同町の中央公民館で復活の音色を響かせる。側板の傷痕は残っていたことから、西城さんの「傷だらけのローラ」にちなみ、鈴木由美さんはピアノを「ローラちゃん」の愛称で呼んでいる。

 

被災者自身が音楽の力で前を向いて歩んでいこうとの思いを込め、「ローラちゃん音楽祭」と銘打った。

 

第1回ローラちゃん音楽祭では、鈴木さんや教え子がピアノを演奏し、Metisさんも出演して美空ひばりさんの歌謡曲「真赤な太陽」などを合唱した。

鈴木さんは「そろそろ被災者が自分から動き出そうとしなくてはいけない時期だと思う。ローラちゃんが復興の役に立てればうれしい」と話す。

 

そして本年2018年、第2回ローラちゃん音楽祭は、10月28日(日)は前回と同じく七ヶ浜中央公民館(生涯学習センター)で開催される。

 

この音楽祭は、一つの立派な文化事業であり地域貢献、社会貢献だと言える。

 

Metis さんについて

Metis

Metis

1984年3月28日 広島県出身 

レゲエソウルシンガーソングライター

心にまっすぐ届く力強さと包み込むような優しさを合わせ持つソウルフルな歌声とLOVE and PEACE精神のあふれるリリックとmelodyで注目を浴びる。2006年メジャーデビュー。2016年はメジャーデビュー10周年記念にONE VOICEというフルアルバムリリース。全国ツアーを行う。魂のシンガーMetis.生きるとは何かを問いかける人間失格や、泣ける歌として自身の母に捧げた母賛歌、スマッシュヒットしたメジャーシングルのデビュー作、梅は咲いたか桜はまだかないなでその名が全国に知られた。

また、2010年はlove in action二十歳の献血キャンペーンソングを作りプロゴルファー石川遼や、MVにはフィギュアスケートの鈴木明子が出演し献血を呼び掛けました。

2017年は新たな新曲をリリースし全国各地活動している。

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鈴木由美 さんについて

宮城県七ケ浜町で2011年4月、鈴木由美さん提供

・写真は元々の実家。

当時、中2の姪っ子が、逃げる直前に撮った最後の1枚。

窓の形から、地元ではミッキーハウスと言われてました。

・流された実家。

左が母家で、右の青い屋根がピアノのあった部屋。どちらも2階建だったけど、1階は津波に抜かれてつぶれ、二軒隣の敷地でだるま落としのように平屋になってた。

・母屋に寄って見た所。

・前の写真と同じ位置から振り返って見た菖蒲田浜漁港の様子。

撮影は3/13夕方、水は引いてるけど道路にはまだ水溜まりが見える。 

・ガレキに登って窓から部屋の中に入った所。

右側の床下にはピアノ用に鉄板を入れてあったけど、左側は鉄板は入れておらず、床板が外れてピアノ(青い花柄カバー)が傾いてた。

この時点で、脚が折れてると思った。

・2011年4月 家の取り壊しの日、離れのピアノ部屋を壊してピアノを出した所。

地元の調律師に聞いても、海水を被ったピアノは直らないと言われたので、家と一緒に壊してもいいと作業員の人には伝えたが、重機のおじさんはとても慎重に取り出してくれた。

・傷は、ピアノを取り出した時に付いた重機の物。赤いペンキは、取り出した後ガレキの前に置きっぱなしの間に付いた物。

浜の人の話では、港に置いてた船底用の赤ペンキがガレキ撤去の際に上を通ったからではないかとの事。

311復興ピアノ所有者)

 

幼少からピアノを習い、高校音楽科に入学したのを期にグランドピアノを買ってもらう。(後のローラちゃんピアノ)

短大を卒業してから音楽教室のシステム講師を11年勤めて退職したが、趣味でやっていたミュージカルが縁で、2年後にミュージカル講師として復職。

その後は、シニア対象のウェルネスプログラム講師もつとめ、現在はピアノとミュージカルとシニアウェルネスの三足のわらじを履いてお仕事中。

 

2011年の東日本大震災で流された実家から取り出されたピアノを、当時ボランティアに来ていたMetisさんが支援を申し出てくれたご縁で、現在も交流が続いている。

 

素晴らしい音に復活したピアノは、外装は傷だらけのため、後に「ローラちゃんピアノ」(西城秀樹さんの「傷だらけのローラ」由来)と命名された。


ピアノ工房「クラビアハウス」松木一高 さんについて

松木一高 さん

松木一高 さん

 クラビアハウス代表

 

神奈川県川崎生まれの横浜育ち

21才より県内のピアノ修理工房に修業に入り29才の時に個人にて独立。

4年後に有限会社クラビアハウスとして再スタート。

その後、ピアノ修理、調律を中心に営業し、ここ10年位は70~120年程前のヨーロッパ製のピアノを主に手がけております。

 

当社は震災後、仙台や多賀城や塩釜にお客様が出来ました事も在りその後、宮城にはかれこれ40回位出向いてその度に必ず「ローラちゃん」の診察をしております。

 

私の役目としてはピアノが健康体で1日でも長生きする様に努力する事だと思って点検及び調律にと通っております。

 

 

◆クラビアハウス 

 

被災したピアノの修理作業経過のWebページも是非ご覧下さい。

130件以上のピアノ修理業者に断られたが、最後に引き受てくれた松木一高(かずたか)さん。

 

海水に侵食されたピアノを復旧するのは容易ではない。

また国内の部品の入手が難しい中、独自にヨーロッパから部品を取り寄せたと聞く。

 

そこには技術を超越した情熱と職人魂を感じる。

そして松木さんは、ピアノをただ復旧・修理するだけではなく素晴らしい音色に仕上げた。


EMSでは、「私たちは、忘れない。」~未来へつなげる防災・減災プロジェクト~ 日本赤十字社が取り組むプロジェクトに参画します。

【EMS】ExcelsiorMusicStore:エクセルシアミュージックストアでは、2018年3月1日(木)から日本赤十字社が実施する「『私たちは、忘れない。』~未来へつなげる防災・減災プロジェクト~ の活動に、賛同・参画します。

 

日本赤十字社は、これまでの大規模災害の記憶を風化させず、過酷な経験を未来で生き抜く力に変え、社会全体の防災力・減災力を育んでいくことを目的に『私たちは、忘れない。』プロジェクトを立ち上げました。今もなお、被災地で苦しんでいる人に想いを寄せると共に、災害で得た教訓や経験を生かし、将来起こりうる災害に対応する力を、社会全体で育んでいく活動です。

 

EMSでは、「音楽の力を正しく使う」のテーマに基づき、このプロジェクトに賛同し、大規模災害での経験や想いを風化させない、たすけあいの意識や防災・減災の意識を呼びかける取り組みの一環として、プロジェクトバッジを着用し日々の活動を行ってまいります。

 

本年3/11は、主催する定期フリーライブイベント「大宮ホコ天ライブパフォーマンス」では特別編としてイベント、音楽を通じて広く防災・減災を呼び掛けていきます。

 

また、陸前高田市の津波到達点上に桜を植樹し、震災を後世に伝える為のプロジェクト「桜ライン311」に賛同し、同じく防災・減災の活動でもあるこのプロジェクトの広報活動も合わせて展開致します。

 

そして、日本赤十字社の【プロジェクトパートナー】 《エントリー企業》に EMSが主催するフリーライブイベント「 大宮ホコ天ライブパフォーマンス」が選ばれました。

http://jrc-tsudukeru.jp/wasurenai/project.html#partner03

 

「音楽の力を正しく使う」このテーマに基づき、引き続き活動してまいります。

 

皆様のご協力をお願い致します。

 

 

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